ウェハーの履歴は誰が持つのか|SEMI E90とE142で分けるトレーサビリティ要求

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ウェハーの履歴は誰が持つのか|SEMI E90とE142で分けるトレーサビリティ要求

納品先から「ウェハー単位で履歴を出してほしい」と言われたとき、最初に決めるのは対応規格の名前ではありません。その履歴を誰が持つのか、です。SEMI E90の案内ページは、基板の情報を管理するのは工場システムで、装置はそのためのサービスを差し出す側だと書いています。キャリア、処理の単位、装置の中の位置、基板のマップ...

納品先から「ウェハー単位で履歴を出してほしい」と言われたとき、最初に決めるのは対応規格の名前ではありません。その履歴を誰が持つのか、です。SEMI E90の案内ページは、基板の情報を管理するのは工場システムで、装置はそのためのサービスを差し出す側だと書いています。キャリア、処理の単位、装置の中の位置、基板のマップ。担当の規格で分ければ、装置仕様書のどの行を確かめればいいかが見えてきます。

本稿の根拠は、SEMI Storeに載っている各規格の案内ページ(Purpose・Scope・関連規格・改訂履歴)に限ります。規格本文は有料で、私たちは手元に持っていません。状態モデルやメッセージ番号のように本文にしか書かれていない中身には、踏み込みません。


30秒でわかるE90とE142

項目内容
ひとことで装置の中にいる基板の追跡がE90、基板のマップデータの受け渡しがE142
仕様書での意味「E90対応」「E142対応」の一行だけでは、SECS-IIで受け渡すのか、どの下位規格を使うのかまでは読み取れない
なぜ今品質要求は「ウェハー単位」「キャリア単位」と粒度で書かれてくる。規格の担当で仕分けしないと、装置メーカーへの問い合わせが噛み合わない
根拠の範囲SEMI Storeの案内ページのみ。現行版はE90-0726、E142-0225、E87-0726、E40-0226、E94-0226

E90対応なら履歴は装置にある、という思い込み

E90は、装置に履歴を抱え込ませるための規格ではありません。

装置メーカーの資料に「E90対応」とあれば、ウェハーの履歴はもう装置の中にあるように見えます。納品先の監査で、そう説明したくなる場面もあるでしょう。ところがE90の案内ページは、Scopeの最初の一文で役割を逆に置いています。

"Essentially, information about substrates is managed by the factory system, while the equipment is required to provide the services for the substrate information management."(基板の情報は本質的に工場システムが管理する。装置に課されるのは、その情報管理のためのサービスを提供することだ)

SEMI E90-0726, 2.1(SEMI Store 案内ページ)

同じ段落の次の文は、対象を絞り込みます。"the equipment services to manage information of substrates that reside in the equipment"。装置の中にいる基板の情報です。ロードポートに着く前の基板も、装置を出た後の基板も、この一文の外にある。

E90が定義するのは、基板(substrate)、基板の位置(substrate location)、バッチ、バッチの位置という概念と、その振る舞いです(2.2)。Purposeには、基板の情報管理の概念と振る舞いに加えて、メッセージとサービスも定めると書かれています(1.1)。適用先は "any manufacturing equipment that handles substrates"、基板を扱う製造装置全般とされ(2.3)、特定の工程に限った書き方はしていません。

この三つの文を並べると、問いの立て方が変わります。本質は「装置が履歴を持っているか」ではなく、「工場システムが履歴を組み立てるための元データを、装置が決まった形で差し出せるか」です。トレーサビリティ要求への答えは、装置の機能一覧ではなく工場側の台帳の設計で決まります。


規格ごとの担当を、現場の言葉で分ける

履歴の要求は「装置の中の位置」「処理の単位」「キャリア」「マップ」に切り分けると、担当の規格がはっきりします。

案内ページの言葉と、現場で交わされる言葉を並べました。右端の列は、その規格が履歴のどの欄を埋める手がかりになるかを、私たちの解釈で書いたものです。

規格案内ページの言葉(要旨)現場の言葉で言えば履歴のどの欄か
E87
キャリア管理
自動・手動のキャリア搬送の調整・実行・完了について、ホストから見た通信の振る舞いを定める。CarrierIDの照合とスロットマップの照合を含む。対象は300mmロードポート(SEMI E15.1)についての、ホストと装置の通信FOUPが着いた。IDは合っているか。何段目にウェハーが入っているかどのキャリアの何段目にいたか
E40
処理管理
個別の処理ジョブにもとづく自動処理。ウェハーを収めたキャリアのように材料が材料を含む場合、どちらの単位でも処理を指定できる「この束に、この処理」という作業票どの処理を指定されたか
E94
コントロールジョブ
ホストが装置上の材料の処理と払い出し(disposition)を調整するためのサービス。GEM(SEMI E30)準拠の装置に適用し得る作業票を束ねた段取りの指示どの指示のもとで流れたか
E90
基板追跡
装置の中にいる基板の情報管理のためのサービス。基板・基板の位置・バッチ・バッチの位置を定義今、装置のどこにいるか装置の中でどこを通ったか
E142
基板マッピング
ウェハー・フレーム・ストリップ・トレイのマップデータを報告・保存・伝送するためのデータ項目を定める。後工程(組立・パッケージング)とテストを対象に含む基板1枚ごとの地図を、工程の間で受け渡す書式基板の上のどこで何が起きたか

境目の引き方が、案内ページの段階で読み取れる規格もあります。E40は、処理のための材料の受け取りと、処理後の払い出しのサービスは提供しないと明記しています(2.4)。材料の搬送は "other services, such as those defined in applicable SEMI Standards"、他の規格のサービスで賄う前提です。作業票の規格は、運ぶことまでは引き受けていません。

E87の案内ページは、参照規格にE40、E90、E94を並べています。キャリアの出入りを扱う規格が、処理・段取り・基板追跡の三つを参照しているわけです。どの概念をどう参照しているかは本文に書かれていて、私たちは確かめていません。

E142は少し離れた位置にいます。E90の案内ページが挙げる参照規格はE30、E39、E172。E142が挙げるのはE5とE39です。互いを参照規格の一覧に入れていません。少なくとも案内ページの範囲では、装置の中の追跡と基板のマップデータは別々の線として引かれています。


仕様書の「E90対応」は、一行では読み切れない

E90にはSECS-II向けのE90.1が付いており、E142にはE142.1からE142.4まで、受け渡し方の違う下位規格が付いています。

規格の名前と、それを通信に載せる方法は、別の文書に分かれていることがあります。E40の案内ページは、その分け方をはっきり書いている例です。E40自身はメッセージングのプロトコルを定めず(2.5)、SECS-IIのような特定のプロトコルへの割り当ては付属の規格として追加される(2.7)。実際にE40にはE40.1、E94にはE94.1、E87にはE87.1という、SECS-II向けの下位規格が付いています。

E90も同じ並びで、E90.1-1125 "Specification for SECS-II Protocol Substrate Tracking" がE90の購入に含まれる下位規格として載っています。E90.1が何をどこまで定めているかは、案内ページに単独のScopeがないため分かりません。だからこそ、装置仕様書に「E90対応」とだけあれば、SECS-IIでのやり取りまで含むのかを装置メーカーに一度確かめておく価値があります。

E142はもっと分かれています。案内ページに並ぶ下位規格は次の通りです。

  • E142.1:XMLスキーマ
  • E142.2:SECS-IIプロトコル
  • E142.3:Web Services
  • E142.4:Item Transferを使うSECS-IIプロトコル

同じ「E142対応」でも、マップをXMLの書式で渡すのか、SECS-IIのメッセージで渡すのか、Web Servicesで渡すのかで、受け取る側の工場システムの作りが変わります。仕様書に書かれているのが親規格の名前だけなら、どの下位規格で受け渡すのかを聞く。準拠した版も一緒に聞いておく。


納品先の質問を、担当の規格に振り分ける

監査や品質問い合わせで飛んでくる質問を、三つの例で振り分けてみます。

「このウェハーは装置の中でどこを通ったのか」

E90の担当です。基板の位置とバッチの位置という概念が、この問いに答える手がかりにあたります。装置がE90のサービスを差し出していても、ホスト側が受け取って保存していなければ、半年後の問い合わせには答えられません。装置の対応可否と、工場側で記録が残っているかは、別々に確認する項目です。

「FOUPの中で順番が入れ替わっていないか」

E87の担当です。案内ページはCarrierIDの照合とスロットマップの照合を、規格が扱う場面として挙げています。ここで見落としやすいのが範囲で、2.1が示す対象は、300mmロードポート(SEMI E15.1)についてのホストと装置の通信です。それ以外の搬送形態の装置では、同じ照合を何で担保しているのかを、別に確かめることになります。

「テストで出た不良を、どのウェハーまで遡れるか」

E142の担当に入ってきます。対象に後工程とテストを含み、基板の種類としてウェハーに加えてフレーム、ストリップ、トレイを挙げているからです。前工程の装置の中の追跡(E90)と、後工程のマップデータ(E142)は、案内ページの上では互いを参照していません。二つをつなぐ基板IDの突き合わせは、規格の外、工場システムの設計の仕事になります。前工程と後工程で別の会社が工程を持っている場合は、その突き合わせのキーをどちらが発番するかから決めることになる。


E90に対応していない装置で、履歴をどう組み立てるか

規格に対応していない装置でも、履歴をあきらめる理由にはなりません。データの出どころを、通信から装置ログに切り替えます。

以前の記事では、ラインの装置を「HSMS対応」「SECS-Iのみ」「通信なし」の三列に棚卸ししました。E90のサービスを当てにできるのは、このうち通信がつながり、仕様書に対応が明記された装置です。

前回の記事では、公開ライブラリsecsgem 0.3.0の装置役とホストで、接続から最初のイベント報告までを実際に流しました。試験の範囲はそこまでで、基板追跡(E90)のやり取りは扱っていません。E90の振る舞いを確かめたいなら、実機か、E90を実装した環境での試験が別に必要です。

通信で取れない装置は、装置が書き出すログを元データにします。手順はこうです。

  • 装置ごとに、搬送や処理のログにウェハーID、キャリアID、スロット、時刻、処理条件のどれが出ているかを確かめる
  • 出ている項目の組み合わせで、工場システム側の照合キーを決める(例:キャリアIDとスロットと処理開始時刻)
  • ログの取り出し方(共有フォルダ、装置PCからのコピー、画面の記録)と保存先を決める

限界も先に書いておきます。ログに出ていない項目は、後からは作れません。どこまで再構成できるかは、規格ではなく、その装置のログに何が出ているかで決まります。だから監査の前ではなく、今のうちに1台ずつ開けて確かめておく。


始めるなら、ここから

月曜にやることは、納品先の要求文と装置仕様書を、同じ表の上に並べることです。

要求の言葉担当の規格仕様書で探す語書いていなければ
装置の中でどこを通ったかE90E90、E90.1、Substrate Tracking搬送・処理ログのウェハーIDと時刻
どのキャリアの何段目にいたかE87E87、Carrier Management、slot mapロードポートの読み取り記録とログ
どの処理を受けたかE40、E94Processing Management、Control Jobレシピ名と処理開始・終了のログ
基板の上のどこで何が起きたかE142E142.1〜E142.4、Substrate Mapping検査装置・テスターの出力ファイル
  • 要求文を仕分ける:納品先の品質要求を、上の表の左端の四つの言葉に振り分ける。どれにも入らない要求は、装置ではなく工場システムか人の記録の担当です
  • 仕様書を一行ずつ拾う:装置仕様書とGEMマニュアルから、E87・E40・E94・E90・E142の記載を拾い、装置ごとに「記載あり/なし/不明」で埋める
  • 「対応」の中身を聞く:E90とあればE90.1まで含むか、E142とあればどの下位規格か、どの版に準拠したかを装置メーカーに確認する
  • 空欄の装置はログを開ける:右端の列で埋めることになる装置は、ログに何が出ているかを1台ずつ確かめる

装置はサービスを差し出し、履歴は工場が持つ。表を埋め終えたら、右端の列に頼ることになった装置を数えてみてください。その数が、ラインに残っている宿題の量です。次に装置メーカーと打ち合わせるときは、その装置から話を始める。メーカーに聞く質問は、上の三つ目の行動でもう手元に揃っています。

参考資料

T&C

techandchips

techandchipsは、今ある装置とシステムを活かす工場自動化で熊本半導体クラスターの製造業を支えています。装置・システム連携(EAP/MES)、見える化・予知保全、トレーサビリティ、AI文書自動化まで一貫して対応します。

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