「どうせ直すなら、この機会に一段上の装置へ」。被災した工場で一番自然に出てくるこの判断に、令和8年10月1日に受付が始まった「くまもと事業者再出発支援補助金」は線を二本引いています。高機能・高性能の設備への入替は認める。ただし補助対象経費として数えるのは、原状回復に必要な経費までです。もう一本は、設備の対象外欄にある「ソフトウェア等の無形資産など」。この二本の線が、復旧の見積書をどこで分けるかを決めます。
本稿は熊本県の手引きと交付要綱、申請書類の留意事項の文面を読んだものです。個別の経費が対象になるかどうかの判断や、法律・税務の助言ではありません。文面から言えないことは「書かれていない」と記します。
制度の枠組み
| 項目 | 内容(原文の表記) |
|---|---|
| 正式名称と窓口 | 「令和8年熊本地震に係る くまもと事業者再出発支援補助金」。熊本県商工労働部商工振興金融課。手引きの目的欄は、復旧に要する経費の一部を「国と県が支援する」と書く |
| 対象者 | 熊本県内に事業所を有する中小企業者等(小規模事業者、個人事業主を含む)と、中堅企業及びみなし中堅企業。「①及び②以外の企業は補助対象外」 |
| 補助率 | 中小企業・小規模事業者は補助対象経費の3/4以内、中堅企業は1/2以内 |
| 補助金の額の上限 | 1事業者あたり3億円。多重被災事業者と特定被災事業者は15億円 |
| 発災日と受付開始 | 交付要綱は「令和八年熊本地震」を「令和8年7月28日に発生した地震」と定義する。発災日は令和8年7月28日、申請の受付開始は令和8年10月1日 |
| 受付 | 「令和8年10月1日(木)から第一次申請を受け付けます。毎月、期間を区切って申請を受け付ける予定です。」申請期間の詳細は「後日HPでお知らせします」とあり、締切日は公表されていない |
| 申請回数 | 「申請回数は原則1回です。ただし、施設・設備で分けて申請するなど、分割して申請する場合、申請回数は原則上限2回です。」 |
| 提出方法 | 受付センターに「郵送又は持参」。電子申請の案内は、手引きにも県の案内ページにもない |
| 準備中のもの | 県の案内ページ(2026年10月1日更新)では、Q&Aとチラシが「準備中」 |
3億円の手前にある、もう一つの上限
3億円は補助金の額の上限です。原状回復費は、率を掛ける前の補助対象経費の上限。効く場所が違います。
手引きの概要ページは、高機能化をこう扱っています。
「従前よりも、規模を拡張した施設への建替、高機能・高性能の設備への入替も可能ですが、原状回復のために必要な経費(修理費または同等設備への入替費・同等建物への建替費)が補助対象経費の上限となります。」
熊本県「令和8年熊本地震に係る くまもと事業者再出発支援補助金手引き」(令和8年10月1日作成)
読み飛ばしやすいのは末尾の「補助対象経費の上限」です。補助金の上限とは書いていません。手引きは補助金額の出し方を「補助対象経費× 補助率=補助金額」と示しています。原状回復費という上限が効くのは、この式の左端。高機能機の価格が原状回復費を上回れば、上回った分は式に入らず、率が3/4以内でも1/2以内でも、掛ける相手が先に決まります。その後ろに控えるのが、交付要綱第4条の「1事業者あたり3億円」。原状回復費が先、3億円が後。この順番です。
交付要綱の別表第1は、同じ内容をもう少し広く書いています。
「従前よりも、規模を拡張した施設への建替、高機能・高性能の設備への入替のほか、施設又は設備について防災・減災に資する改良や性能向上に資する機能の付加・拡充を伴う復旧も可能とするが、補助対象経費は、原状回復のために必要な経費(修理費又は同等設備への入替費・同等建物への建替費)であって知事が適当と認める額を上限とする。」
熊本県「くまもと事業者再出発支援補助金交付要綱」別表第1
手引きの一文と違うのは二点。「性能向上に資する機能の付加・拡充を伴う復旧」が明記され、入替に限らず、直しながら機能を足す復旧も可能とされていること。もう一点が「知事が適当と認める額」です。原状回復費をいくらと見るかを最後に決めるのは県だ、という一句が、交付要綱の側に入っています。
修理できる設備を入れ替えるなら、上限は修理費
修理できる設備でも、入替はできます。その場合に補助対象経費の上限になるのは、修理による原状回復費用です。
手引きは「復旧は修理(修繕)が原則です」と書き、上限となる原状回復費を「修理費または同等設備への入替費」と並べています。修理できる設備を入れ替えるとき、どちらが物差しになるのか。手引きにも交付要綱にも、その答えは見当たりません。答えているのは、県の案内ページに参考資料として載っている「申請書類における留意事項」(R8.10.1~)。設備の見積書の項です。
「入替による原状回復が認められない場合(修理が可能な場合)でも、修理による原状回復費用を上限として、入替を行うことは可能です。修理の見積書も併せて提出してください。【入替費>修理費】」
「修理よりも入替が安価である場合は、入替を行うことも可能です。修理の見積書も併せて提出してください。【入替費<修理費】」
熊本県「くまもと事業者再出発支援補助金 申請書類における留意事項(設備・車両の復旧)」
修理できない設備については、別の項に「設備の入替(買替)費用を原状回復費用として補助対象とするには、その設備が修理できないことを申告する書類が必要となります」とあります。修理不能申告書で、設備1種類につき1枚。設備の状態ごとに並べると、次の通りです。
| 設備の状態 | 留意事項の記載から分かること |
|---|---|
| 修理できる(入替費が修理費より高い) | 入替は可能。補助対象経費の上限は、修理による原状回復費用。修理の見積書も提出する |
| 修理より入替のほうが安い | 入替も可能。修理の見積書も提出する |
| 修理できない | 入替費を原状回復費用として補助対象にするには、修理不能申告書が必要 |
入替費が原状回復費用と認められる場合でも、機種の選び方には定義が付いています。
「設備の入替(買替)がある場合の原状回復とは、入替後の設備が入替前と同等以下の機能・性能であることを指します。」
同留意事項「新旧設備の性能等が分かるカタログ、仕様書の写し」
比べ方はこうです。「性能の比較項目は、設備により、処理能力、精度、強度、寸法、価格帯等から補助事業者の事業・用途の特性を踏まえ、複数の適切な項目から判断します。」確認のために新旧設備のカタログ、仕様書等の写しを添付する。被災設備と型式や品番等が同一の設備を購入する場合は、提出を省略できます。
高機能機を選ぶときに増える書類は、手引きの申請書類の留意事項に書かれています。
「従前よりも、規模を拡張した施設への建替、高機能・高性能の設備への入替を行う場合は、原状回復(修理費または同等設備への入替費・同等建物への建替費)に係る見積書も必要となります。」
同手引き「交付申請に必要な主な書類」留意事項
高機能機の見積書一枚では、申請の形になりません。「元に戻すならいくらか」を示す見積書が、別に必要です。
ソフトウェアは対象外。通信機器・センサー・制御盤は表に書かれていない
自動化の見積に並ぶ項目のうち、手引きの対象経費の表に名前が出てくるのはソフトウェアと据付費です。
| 見積の行 | 手引き・留意事項にある記載 |
|---|---|
| 機械装置本体の修理・入替 | 対象。「事業用の設備(機械装置等)」を「復旧するための修理費または入替費(購入)」。原則、資産計上されている設備に限る |
| 据付・撤去・運搬 | 復旧のために発生する経費として「処分費、撤去費、据付費、運搬費、地盤改良に係る経費等」が例示されている。ただし「単独で行われるものは対象外」 |
| ソフトウェア | 対象外。「ソフトウェア等の無形資産など」 |
| 通信機器・センサー・制御盤・PLC | 記載なし。対象とも対象外とも書かれていない |
| 保守費用 | 対象外。「租税公課、保険料、保守費用」 |
| 自社復旧 | 材料費、外注費等は対象。人件費は対象外 |
稼働監視の画面や上位システムとの連携プログラムのように、無形資産として計上するものは、対象外の一行に当たります。装置に組み込まれ、機械装置と一体で資産計上されている制御プログラムの扱いは、手引きの表からは読めません。
通信機器、センサー、制御盤、PLC。この四語は、手引きにも交付要綱にも、留意事項にも一度も出てきません。中小企業庁のガイドブックに「センサー」が登場するのは、後で触れる省力化投資補助金の説明の箇所です。手掛かりは、先の「同等以下の機能・性能」という定義です。この定義に照らすと、復旧に合わせて機能を足した分が原状回復に入るとは読みにくい。ただし、これは筆者の読みです。県の文書がそう書いているわけではありません。元から付いていたものを直す場合の扱いも含めて、受付センターに確認してください。
自社の保全部門が直す場合の線は、留意事項が引いています。「自社復旧を行う場合、その補助対象経費は材料費、外注費等のみとし、人件費は対象外とします。」申請者自身による復旧のほか、所定の資本・役員関係にある親会社と子会社の間の発注、申請者が代表を務める法人による復旧も、自社復旧に数えられます。
もう直し始めた工場のための条文:事前着手と後払い
交付決定を待たずに復旧した経費も、条件付きで対象になります。
手引きは対象を「原則として、交付決定日以降」に発生した経費とした上で、特例を置いています。
「特例として、発災日(令和8年7月28日)以降であれば交付決定の前に復旧した経費も補助対象となります(写真や書類等により被害状況の確認ができる場合に限ります)。」
同手引き「補助対象期間」
ラインを止めておけず、申請を待たずに修理へ入った工場にとって、この括弧書きが分かれ目です。留意事項は写真の水準まで書いています。「修繕(修理)見積の項目に対応する全ての被災写真が必要です。」入替の場合、設備は型式・型番が分かる写真。着手済みや完了済みの工事は、見積書と併せて発注書または契約書、請求書等を提出します。
対象になる設備は、原則として資産計上されているもの。台帳にない設備は「補助の対象となる場合があります」という扱いです。「資産台帳に計上されていない理由書」と、売買契約書や第三者からの証明書を出すことになり、手引きは個別相談を案内しています。申請の前に、装置ごとに仕分けておきたい点です。
お金の順番は後払い。県からの支払いは、補助金の額を確定した後の「精算払」が原則とされています。先に払い、後から受け取る。「一度交付決定した額の増額は認められません」という一文もあり、申請時の見積の精度がそのまま効いてきます。
15億円の上限には区分が二つある
多重被災事業者と特定被災事業者は、別の区分です。
どちらも補助金の額の上限は1事業者あたり15億円。多重被災事業者は、補助対象経費のうち5億円までが定額補助になります。特定被災事業者に定額補助はなく、補助率は通常の区分に準じる。要件はそれぞれ別に定められているので、手引きと、県の定額補助申請マニュアルで確認してください。特定被災事業者について、手引きは補助額が3億円を超える事業者を想定し、該当する見込みがあれば「個別にご相談ください」と案内しています。
原状回復を超える自動化分は、別の財布で考える
この補助金の対象経費に載らない部分は、自己資金か、別の制度で考えることになります。
中小企業庁の被災事業者向けガイドブック(ver.03、令和8年9月)は、復旧補助とは別の項目に、中小企業省力化投資補助金の加点措置を載せています。「一般型において令和8年熊本地震の被害を受けた事業者等を加点。」同補助金は「人手不足の解消に効果のあるロボット、IoT、AI、センサー等を活用した製品・設備・システムの導入を支援」する制度で、くまもと事業者再出発支援補助金とは別の事業です。
ガイドブックに載っている一般型(第8回)の公募締切は「2026年10月中旬(予定)」。最新の日程は事務局のページで確かめてください。既存設備への後付けがどこまで対象になるかは、省力化投資補助金の公募要領を読んだ記事にまとめました。
二つの制度を並べるときに外せない一文が、手引きの留意点に入っています。「同一の施設、または、設備の復旧に対して、本補助金以外に国や県などの補助金等を重複した形で復旧等を行うことはできません。」復旧の経費に別の補助金を重ねることはできない。復旧とは切り離した省力化投資として別の制度に申請できるかは、この文面からは判断できません。それぞれの事務局へ確かめてください。
測られるのは、地震の前の工場
この補助金が問うのは、高機能化してよいかではありません。元に戻す費用がいくらか、です。
高機能化は禁じられていない。ただ、上乗せした分に補助は付きません。補助の物差しは地震の前の設備に当てられ、そこから先は事業者の投資として扱われます。復旧と同時に進める自動化は、一つの工事に見えて、制度の上では二つの会計に分かれているわけです。
だから、自動化を見送る理由にはなりません。変わるのは見積書の作り方です。原状回復の線までを復旧として立証し、線を越える分は金額と中身が分かる形で切り出しておく。その切り分けができていれば、県への説明も、社内の投資判断も、同じ内訳表の上でできます。
月曜日に工場で確かめること
- 設備ごとに、まず修理の見積をもらう:修理できる設備で、入替費が修理費を上回る場合は、修理の金額が補助対象経費の上限になる。入替を選ぶ場合も、修理の見積書は併せて提出する
- 入替にするなら、入替の見積と新旧のカタログ・仕様書をそろえる:修理できない設備は、修理不能申告書を設備1種類につき1枚。留意事項には、修理不能であることを確認した相手先へ県から連絡する場合がある、とも書かれている。高機能機に入れ替えるときは、原状回復に係る見積書も必要になる
- 見積書の書き方を依頼先に伝える:1件当たり100万円(税込)以上の場合は2者以上から取る。既に復旧を終えている場合など、やむを得ない理由で複数者から取れないときは、「見積書が不足している理由書」の提出により「1者見積もりでも可」と手引きにある。「一式」と書かれた項目には内訳が必要。見積書作成日と、税込・税抜の表示も必要
- 高機能仕様の差額、追加する機能、ソフトウェアは見積の行を分ける:対象外と明記されたものと、表に記載がない通信機器・センサー・制御盤を、後から切り分けられるよう本体と一式にまとめない
- 被害の写真と資産台帳を、見積の項目と突き合わせる:修理見積の項目ごとに被災写真があるか。設備が固定資産台帳または償却資産台帳に載っているか
- 申請の要件を先に確かめる:事業継続計画(BCP)の策定と、自然災害による損害を補償する保険・共済への加入(付保割合は中小企業者等が30%以上、中堅企業が40%以上、小規模事業者は加入推奨)は、実績報告書で確認される
- 表に書かれていない項目は、受付センターに聞く:くまもと事業者再出発支援補助金受付センター(熊本市中央区神水1丁目3-1 ヨネザワ熊本県庁前ビル4階、電話 096-284-7660、FAX 096-284-7685、E-mail info@k-restart2026.com、受付時間は9時00分~17時00分、土曜・日曜・祝日を除く)。手引きによれば、商工会議所・商工会も申請書の作成等を支援している
復旧の見積は、修理ならいくらかを先に確かめるところから始まります。「直す」と「良くする」を、一枚の見積に混ぜない。
